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2012年4月、墨田教会に若い牧師先生がおいでくださいました。

小澤謙牧師は、1971年生まれ、長野県須坂市の育ち
プログラム関連企業にお勤めののち、献身に導かれ、東京基督神学校に学び、
この3月にご卒業され、墨田教会伝道師として着任されました。
婚約者、榑井優子姉(現在東京基督教大学大学院修士課程在籍)とは、
6月16日(土)に、ご結婚されます。とてもすばらしいカップルです。(アオキ)
救いと献身の証し
幼いころから家でも教会でもイエス様のことを教えられてきた私は、当たり前のこととして神様を信じていました。しかし中学生になったころからキリスト教であることをからかわれたり批判されるようになりました。日本でクリスチャンであるということが極めて少数派の特異な存在であるということを強く自覚させられる出来事でした。また、それらの出来事によって心に迷いが生じるようになりました。今まで自分が正しいと信じてきたものを、周りは誰も認めていない。自分の信じている神さまは本物なのだろうか…。それから数年間はいつもそのような不安が心の中にありました。しかし今にしてみれば、このことを通して神様の存在というものを漠然とではなく深く考え、真剣に神さまと向き合うための時間になっていたのだと思います。
また、その中で自分の罪というものも自覚するようになっていきました。自分の心を深く見つめ直すほど、自分という人間が存在する意味のない、無価値なもののように思えるようになりました。そういう自分の罪が分かっていながら願うような正しい生き方ができない、という矛盾にも苦しみました。正確にいつ救いの確信を得たのかは覚えていませんが、19歳で洗礼を受けました。立派な人間にはほど遠い、そのままの私を神様が愛して下さっているのだということを、私は知ることができました。そのためにイエス様が十字架にまでかかって下さった。こんな自分をそれほど価値ある者として見て下さるということを、知識ではなく心で知ることができたとき、私は多くの苦しみから解放されていきました。
数年前、献身の召しが与えられました。ある日の礼拝で突然「献身して神さまのために生きよう」という、強く衝動的な思いに満たされたのです。そのとき私の中に起こった感情の特別さを言葉で表現することはできないのですが、「これは召しなのだろうか」そう思ったのを覚えています。
私は献身するとか、牧師になるとかいうことは自分とは遠いことのように考えていました。自分とは関係のないこととして考えていたのです。しかしその日以来、与えられたあの思いが何であったのかを確かめるために祈り続けました。
同時に思わされたのは「自分はそんな人間ではない」ということでした。自分がそのような働きにふさわしい人間だとは思えなかったのです。私は献身することに対する恐れを抱いていました。そして祈っていたことがあります。このことが、もしも自分の心に浮かんだことに過ぎず、主のご計画でないのならば、そうでないと示して下さい、ということです。主のご計画でない限り、献身などすべきでないと思いました。しかし、それからも私の心には、初めの時と同じ、献身に対する強い思いが、幾度となく起こされていきました。それはますます強くなり、「献身します」と私が主の前に宣言したその日まで続いたのです。
献身について悩んでいた時期に与えられたみことばは、「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」(ヨシュア1:9)という言葉でした。私はこの言葉を心の中で何度も反芻し、励まされていました。しかし、それでもあと一歩を踏み出すことができずにいました。
祈り始めてから二ヶ月以上経ったある日の礼拝でのことです。この日は、ヨシュア記三章のイスラエルの民がこれからヨルダン川を渡ろうというところからのメッセージでした。祭司たちは主の言葉に従い、まだ大量の水が流れているヨルダン川に足を踏み入れていきました。このとき私は、今自分がなすべきことが何であるかを気付かされました。それは恐れて立ち止まることではなく、主の助けがそこにあると信じ、一歩を踏み出すことなのだと気付かされたのです。私は自分の召しを確信していきながらも、恐れの気持ちから、あと一歩を踏み出そうとしなかったのです。
メッセージの中での言葉です。「自分自身がどうであるかということが重要なのではない。ヨルダン川を前にしたヨシュアとイスラエルの民のように、もはや何もできないと自分自身が認め、主を見上げるとき、そこに主のわざと栄光が現れるのだ。」私は現実ばかりに目を向け、まっすぐに主を見上げることができていませんでした。「わたしを信じて一歩を踏み出しなさい」この日のメッセージを通して主は私に、そう語りかけて下さったのです。この日、私は献身して残りの自分の人生をささげる祈りをしました。
みことばを取り次ぐ者として、主が創られた一人の人間の魂というものがどれほど尊いものであるか、ということをいつも覚えるものでありたいと思います。地上の多くの魂が滅びに向かっています。主が創られた魂のためにみことばを伝え、みことばによって人々を励ます者でありたいと願わされます。


(2012年4月 撮影)
青 木 比 郎 (あおきひろお)
「ひろお」と読んでください。
東京の下町、墨田教会の地、古くは「吾嬬町」と呼ばれていたこの地に、仏教の熱心な家庭に生まれる。
高校一年生のとき、先輩に誘われて教会へ、初めて聖書を手にする。
高校卒業とともに、家を勘当されて、神学校へ進む。
三男一女のお父さん。子どもたちのお父さん評は、「牧師らしくない」だそうだ。
趣味は、バイク。現在日本三周目に挑戦中。一人で、野宿をしながらのツ−リングは、最初中学生時代に、「伊豆の踊り子」を読んで感動し、おやじのバイクを無断で持ち出して、踊り子に会いに、伊豆へ行ったのが初めで、放浪癖は、今も続いている。近年は離島巡りに熱中し、2004年は沖縄本島を起点に南の島々を1ヶ月かけて走り回り、2005年は念願の五島列島に渡り、「五島崩れ」で知られる古き教会堂を巡った。
最近、ショックなことがあった。女子中学生から、「デブ・ハゲ・口臭」と言われ、いまだに立ち直れないでいる。
ついでに、牧師は「キャンプ大好き人間」である。長年、松原湖バイブルキャンプのディレクターとして奉仕してきた。いのちのことば社・CS成長センターから『ざ・キャンプ』という本を書かせていただいた。地味な本だが、キャンプの魅力が伝わると自他共に、思いこんでいる。(……ちょっとだけ、紹介させてもらいました)
